自家製味噌という、森の家の暮らしを支える「もう一つの土台」
森の家の台所を支えている調味料の中で、
いちばん静かで、いちばん大きな存在が自家製の味噌です。
市販の味噌を選ぶ前に、自分の手で仕込んだ味噌を使う暮らしが、
いつの間にか当たり前になっていました。
ゆっくり発酵し、季節を越えて育っていく味噌は、
時間そのものを食べているような感覚があります。
味の強さではなく、体にすっとなじむやわらかさ。
それが、森の家の食の土台になっています。
この味噌づくりは、日々の暮らしの中から生まれたものであると同時に、
フードセラピスト養成コースの時間の中でも、
大切に分かち合ってきました。けれど、味噌づくりそのものの話は、
それだけで一つの記事になるほど、静かで深い時間です。
そのことは、またあらためて別の記事でじっくりとお話ししたいと思っています。
奄美の風が運ぶ「きび糖」と、私が「塩コレクター」になった理由

森の家で使う砂糖は、一般的な上白糖ではなく、
奄美のサトウキビから作られた「きび糖」です。
やわらかな甘みは、料理の味を強く変えることなく、
静かに全体をまとめてくれます。
塩もまた、自然のままにつくられた塩を選んでいます。
同じ塩でも、産地や製法によって味わいや体へのなじみ方が少しずつ違い、
気がつけば、いくつもの塩を台所に並べるようになりました。
自分でも、少しだけ塩のコレクターのようだと思っています。
そして、この砂糖との出会いには、忘れられない時間があります。
2020年、コロナ禍の直前、冬のあいだ約2ヶ月間、
奄美大島に滞在し、黍(きび)刈りや精糖の作業に関わらせてもらいました。
畑の空気、しぼりたての甘い香り、
時間をかけて結晶になっていく黒糖。
あの時の体験は、今も森の家の台所の奥に、
静かに息づいています。この旅の思い出は、
またいつか、あらためて一つの記事として書いてみたいと思います。
森の家の台所にずっとあるもの|
ムソーとオーサワジャパンを選び続ける理由

私がずっと使っているのは、
ムソー やオーサワジャパン の調味料です。
釧路市にある
『ナチュラルショップあまむ 』という自然食品店で出会いました。
そこの店長さんとは長いお付き合いで、
「これは安心できるよ」と教えてもらったことがきっかけです。
流行だから選んだわけではなく、
台所に置き続けて違和感がなかったもの。
それを今でも、ずっと使い続けています。
調味料を変えてから、私が感じた体と心の変化
大きな決意をしたわけではありません。
ただ、毎日使う醤油や味噌を、少しだけ見直してみただけ。
けれど、その小さな変化は、思いのほか静かに、
私の中を整えていきました。
丁度、子どもたちが成長して、
親の手もそれほど必要としなくなっていた頃。
夫との関係は、静かに冷え込んでいて
喧嘩が多かったわけではないし
怒鳴り合いもなかったけど
ただ、
会話が減って、目を合わせることも減り、
同じ空間にいながら、遠い人になっていって。
子どもたちはそれぞれの世界を持ち始め、
私は「母」という役割から少しずつ外れ始めていたので
あの頃の私は、
誰にも理解されていないような感覚の中にいたのです。
家族の中にいるのに、
自分だけが外側に立っているような・・・
そのとき、気づいたのです。
以前ほど、イライラしなくなっている自分に。
気力がなくなった、というのとは少し違う。
諦めとも違う。
何かが、内側で静かになっていたのです。
期待を手放し始めていたのかもしれない・・・
「わかってほしい」という力が、少しだけ抜けていて
期待を外へ向けるのではなく、自分の内部へ向け始めていて
誰かが満たしてくれるのを待つのをやめて、
自分の足で立とうと、無意識に決めたのかもしれないのです。
静かだったけど、あれは弱さではなかったと・・・
地面の下で根が伸びていくような時間です。
表からは何も変わっていないように見えても、
内側では、確かに
「自立」という芽が出ていたように思うのです。
誰かの奥さんでもなく、
誰かのお母さんでもない自分。
役割を外したとき、
私は初めて「私」という存在を真正面から見ることになりました。
食を変えたから、そうなったのか。
そう聞かれれば、きっとそれだけではないけど
夫との関係、
子どもたちの成長、
孤独の時間。
いくつもの出来事が重なっていたのは事実です。
今も思い出すと、辛い日々でした。
でも――
自分の内面に深く入って、
何度も何度も自問する時間を持てたのは、
確かに、
食もきっかけの一つだったと思うのです。
何を口にするかを選ぶことは、
どう生きるかを選ぶことに、どこか似ている。
誰かに合わせるのではなく、
流行でもなく、習慣でもなく、
「私はどうしたい?」
そう問い続ける行為だったのです。
その問いは、
やがて食だけではなく、
生き方へ、
働き方へ、
人との距離へと広がっていったのです。
イライラが減ったのは、
感情を抑え込んだからではなく
自分の中心に、
少しずつ戻っていったからと、今は思います。
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