VEGANの知恵

veganの意味

VEGANは、特別な食事法ではない。
私にとってそれは、
暮らしの中で少しずつ育ってきた
“知恵”のようなものだった。

『食』の変化

毎日のごはんは、
特別なものじゃなくていいと思っている。

基本的に動物性食品を摂取しないのがVEGANだが、
無理なく続いて、体が静かに整っていくことを求めたら
それが、私にとってのVEGAN食だったのだ。

正直に語ると、二人目出産後、育児や引っ越しや
土地探しや自宅建築の時代の目まぐるしい日々にありながら

今よりも10kgほど増えていた。

忙しいと、かきこんで食べてしまう。
子どもたちの食べ残しも、もったいないと
しっかりいただき
食べるのも早かったし、量も多いと自覚していた。

でも、何をどう食べたら体が満足するのかが分からず
体重も増えたまま・・・

そんな毎日を続けていたある日。

これは手遅れになる前に、
食事を変えなければならないという
強い直感があった。

はじめに変わったのは、
食べるものではなく、
食べ方だったと思う。

急がずに食べること。
体の声を聞くこと。
今日の自分に合う量を、
静かに受け取ること。

そんな小さな変化が、
いつの間にか台所の景色を変え、
やがて選ぶ食材までも
ゆっくりと変えていった。

食材だけではなく、一番に変わったのは調味料
正しいものを選んで購入した。

胃袋って毎日食べてる量を欲しがる。(持論)
我慢もした。でもちょっと食べたりもしながら

意識して『体質改善』を始めた私は
自分の中で
『人体実験』と称して、色々と試し始めた
もちろん家族にはナイショで。

でもそれは、自分の内面への旅ともなっていき
暮らし方や生き方へまでもと、進んでいったのだ。

母の食卓

実のところ、野菜中心の家で育った
食卓には、母の作ったお米と野菜が並び
朝、採れたての菜葉がお味噌汁に入っていて

季節ごとに、さまざまな漬物、煮物、和物などに
焼き魚がある。そして、たまにお肉も・・・
今でいう昭和の食卓の基本形である。

それが普通と思って育ったので
家を離れ、自炊生活をした時代の食事は

何を食べても満たされず
本当に食べたい物は自分で作るしかないと気がつき

母の味から遠く離れてはじめて、感謝するようになる。
だから、無意識下では常に母の食卓を真似していたと思う。

夫の好き嫌い

自分が食べたいものと、
家族が食べたいものが、
少しずつズレていったのは、
子どもたちが大人と同じ料理を食べられるようになってからだ。

その現実は、
思っていた以上に心を消耗させた。
専業主婦であったことも、
私をさらに追い込んでいったのだと思う。

「これは何? ふーん……」

食べないと決めた料理は、
試しに口にすることすらしない夫。

子どもたちは何でも食べられるのに、
という不満を、
こぼしたこともあった。

やがて食事は、
夫の分と、子どもたちと私の分というように
2種類に、分かれていった。

その頃から夫は、
家族と一緒に食事をとらなくなった。
朝も、昼も、夜も、
仕事を理由に、
食事時に家にいないことが多くなったのだ。

誕生日やクリスマスだけは、一緒に食べる。
それが特別な出来事になってしまっていた。
私は子どもたちと食卓を囲み、
自分の作った料理を、きちんと食べていた。

けれど夫は、
食べたくないと決めたものには手をつけず、
インスタントラーメンやレンジ調理のものを、
一人で作って食べていた。

その光景を見ても、
何も感じない自分になろうとしていた。

たったの一度も、
「美味しい」と言われたことのない生活。

もう、自分を保てなかったのだと思う。

そして夫にとっても、口に合わない食事を続ける事は
苦しかったのだと、今だから思えるようになったけど

当時の私は夫を責めていた。言葉だけではなく行動でも・・・

その頃から少しずつ、
心のほうが限界を知らせていたのだろう。

子どもたちが進学で家を離れてからの食事は、
私が仕事に出ていたこともあり、
ほとんど「各自でどうぞ」という状態になった。

体質改善の取り組みは、
静かに、順調に続いていて
体重は元に戻り、体調も整って

私は、全くお肉お魚無しでも、むしろその方が
自分の体に合ってると実感できていた。

外に働きに出られることは、
私にとって、
ひとつの解放でもあったのだ。

その頃、職場では質素に見える私のお弁当を見て
「肉食べないと力が出ないでしょ」と
言ってくる人もいた。その頃の仕事は介護職。

意外と思われるだろうけど
力仕事とお肉は関係ない。思い込みだけある。

自分に合ったやり方を見つけるまでは苦行と感じるかもしれないが
やってみると、とっても気持ちがいい。

結局、
食を考えるために
自分の内面へ向かっていったことが功を奏している。

否定されても、
自分が求める食事を続けることが
体と心が整う確信を得てしまったので

それが、
私にとってのVEGANなのだと思う。

そして、
それだけでは終わらなかったのだ。

自分の内側へ向かっていった食は、
やがて、
誰かに手渡すものへと変わっていく。

ここからは、
そんな時間の話になる。

具体的な食の変化

では実際に、
私の食事はどのように変わっていったのだろう。

はじめは食事の全体量を無理のない範囲で減らすことだった。
満足感が無いと結局後でまた食べてしまうから
今日はこれで満足って決めて、食後にすぐ歯を磨くと

これ以上食べないという自分への合図になった。
間食もしないと決めた(自分との約束)

白湯やお茶もよく飲んだ。

それから意識して豆料理を増やしていった。
甘く煮る豆料理じゃなくて、おかずになる豆料理を
豆腐料理も増えた。乾物も意識して摂った。

焼肉は肉の代わりにこんにゃくを使ったり(笑)

ただ茹でただけの野菜とか
少量の油で揚げ物をし、回数も減らした。

市販品はどんどん減らした。
加工食品も、レトルトのものも減らしていった。

お味噌汁は毎日の基本で、必ず作った。
具沢山にすれば満足度が上がる。

食べ過ぎたと思った時は半日断食
時々一日断食もした。最長では10日間断食も。

ファスティグも学んだ。

私のやり方は固形物を入れないで
胃袋を空っぽにする時間を増やしていくというやり方。
けれど栄養を断つわけじゃない。

こまめに水分を摂る。
旨味を摂取すると、
食事したような満足感があると気がついた。

体の細胞のために、薄めた味噌汁を
お茶のように飲むこともあった。

しかも、ファスティング中は代謝も上がるから
体もよく動くし、頭も冴える。

ファステイングは精神に作用する。
自分を知る事になるし、知らなかった自分を発見する。

大切なのは、無理しないこと。
常に自分との対話だから、その自分との対話から逃げない事。

できなくても自分を責めない。
次はもっとハードルを下げればいい。
一食は食べてもいい。とか・・・

自分を許し、
体の変化を、
楽しみながら自分でしっかり見つめていく。

それが、
私の続け方だった。

マクロビの精神も学んだ。
食の陰陽も興味深かった。

そして、『VEGANランチ』を提供する事の土台は
こうして出来上がっていった。

重要なのは食事制限ではなく自分との対話だった

食事を整えることは、
ただ体重を減らすためだけでも、
健康になるためだけでもなかった。

それは、
自分の内側からの声を聞くことが大事であると
気が付く時間だったのだと思う。

お腹が空いているのか、
それとも寂しいのか。

体が求めているのか、
ただ習慣で口にしているのか。

そんな小さな問いを、
一つひとつ確かめていく、正解は自分で決める無限の時間。

今思うと、体質改善は食事量を減らしたのではなく、
余計なものを、知って
何を摂って何を減らすか決めて実行しただけ

すると不思議なことに、
体だけではなく、心の輪郭まで
少しずつ整う事になったとのだ思う。

体の変化

体質改善やファスティングを通して、
私は何年ものあいだ、
自分の体を「人体実験」と呼びながら、
食と向き合い続けてきた。

その結果、まず起きた変化は、
体重が約12kg減ったことだった。

高校時代や結婚前、
あの頃と同じくらいの体重まで落ち、
そこで自然に止まった。

けれどその頃には、
体重の多い少ないには、
もうほとんど興味がなくなっていた。

関心は、
日々食べたものと精神のバランス——
そちらへと静かに移っていった。

当時、老人施設で働き、その後病院でも仕事をする中で、
人の生き方や考え方に触れる機会が増えた。

そしてそれらを、
いつも自分に重ねながら、
考え続けていたように思う。

『食』だけじゃなく『生き方』を。



いちばん大きな変化は、
心が安定したことではなかった。

むしろ私は、
自分という存在を、
少しずつ知っていったのだと思う。

空腹感についても、
最初はただの我慢だった。

けれどある時、
それを「快感」だと
思い込んでみることにした。

不思議なことに、
そう捉え直した瞬間から、
空腹は苦しさではなく、
体が軽く澄んでいく感覚へと変わっていった。

そして実際に、
食べない時間を持つ習慣は、
体を疲れにくくしてくれたし、よく眠れた。

たくさん食べても満たされない、
体にも心にも『余白』を作ることで整っていく。

そんな感覚を、
体が静かに教えてくれたのだ。

『食べる』という『祈り』

ちょっとスピリチュアルな書き出しだと思う。(笑)

けれど私は、
意識することはあっても、
『食』というものに深く入り込んだことは、
それまで一度もなかったと気がついた。

私は『飢え』を知らずに育った。
食べるものがない暮らしも、経験したことがない。

遠い国で、
子どもたちが飢えていると知っていても、
自分の前には、
いつも食事がある世界で生きてきた。

それなのに『ファスティング』だの『VEGAN』だの
何言ってんだと、思う自分も確かにいた。

だけど長いこと『食』を通して自分の内部も見てると
『人体は宇宙』だとか『心と体は連動する』とか

その言葉の深い部分に
触れるようになって行って最終的には

『自分はどう生きたいの?』という問いに
がんじがらめになって、沈み込んでしまっていた。

だって、もうかなり生きてしまっているし、
子供たちも、育っているし、
これから何かするにも、年齢もお金も不足だった。

どうすればいいのか?
来世に期待するしかないのか?

どうしたい?
どう生きたい?
そのために、今なにをする?

考え始めると、
頭の中はぐるぐると回り続け、
目が回るような感覚だった。

ぐるぐるの底で静かに見えてきたもの

考え続けて、
ぐるぐると沈み込んだ、
そのいちばん底のような場所で

見えてきたのは、答えではなかった。

ただ、そこにはいつも
朝の空気があり、
夜には星があり、
風が流れ、
雲が形を変えていく。

何も語らない自然が、
いつもと同じように、そこにあった。

私はずっと、何か特別な答えを
探していたのかもしれない。

けれど本当は、答えは外にはなくて、
ただこの世界の中に、静かに在り続けていたと知った。

届けるという生き方

食を届ける仕事をしたいと思ったとき、
それは特別な使命感からではなかった。

誰かを救いたいわけでも、
正しさを伝えたいわけでもない。

ただ、
これまで自分が体験してきた時間を、
静かに差し出すような感覚だった。

与えるのではなく、
分け合うでもなく、
ただそこに置いておく。

受け取ってもらえるかどうかは、
相手に委ねられている。

そんな距離のまま、
それでも食を届けたい。

それが、
これからの自分の生き方なのだと、
自然に思えた。

届けたい食事は、
特別な料理ではない。

豪華でもなく、
珍しい食材を使うわけでもない。

ただ、体に静かに入っていくもの。
食べたあと、少し呼吸が深くなるようなもの。

そんな一皿を、心がけている。



味つけはやさしく、
素材の力をそのまま感じられるように。

満腹になることよりも、整っていく感覚を
大切にしている。

それが、
今の私が届けられる食事の形だと思っている。

そしてもうひとつ、
心の中にある願いがある。

食べた人の体が、少しだけ軽くなること。
心の奥にある緊張が、わずかでもほどけること。

何かを変えなくてもいい。
正しくならなくてもいい。

ただ、その人がその人に戻る時間に
なってくれたらいいと思う。

食事は、
誰かを導くものではなく、
静かに寄り添うものと思ってる。

だから私は、今日もまた、
祈るような気持ちで
一皿をつくりたいと思う。

そして春になったら、
次の暮らしを、少しずつ始めていく。

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