【2026年最新】森の家の台所を支える基本の調味料5選|無添加・圧搾製法・自家製にこだわる理由と選び方

veganの意味

毎日立つ台所から、私たちの体は作られています。
けれど、スーパーの棚に並ぶ膨大な調味料を前に
「どれを選べば体にやさしいの?」と迷ってしまうことはありませんか。

私自身、北海道の森の家で暮らしながら、
時間をかけて一つひとつの調味料と向き合ってきました。
特別な高価なものを用意する必要はありません。

大切なのは、派手な広告や安さではなく、
その一滴、一粒がどう作られたかを知ることです。

この記事では、森の家の台所を支える「基本の調味料」の選び方と、
私が実際に愛用している品々を詳しくご紹介します。

この記事を読み終える頃には、あなたの台所にある調味料が、
ただの「味付けの道具」から
「体を慈しむための相棒」に変わっているはずですよ。

日々の食事をもっと心地よく、そして健やかに整えるための小さなヒントを、
森の中からお届けします。

森の家で愛用する「基本の調味料」3選とその理由

森の家で日々使っている調味料は、どれも特別に珍しいものではありません。
けれど、原材料や作られ方を知り、
安心して使い続けられるものを静かに選んできました。

まず油は、遺伝子組み換えではない菜種から作られた菜種油を使っています。
強い主張はなく、素材の味を邪魔しないやわらかな風味が、
日々の料理にちょうどよくなじみます。

醤油は、『あかね醤油』を選んでいます。
原料の大豆も麹も国内産で、昔ながらの落ち着いた香りと、
角のないやさしい塩味があります。
煮物や和え物に使うと、味が前に出すぎず、全体を静かにまとめてくれます。

みりんも同じように、国内産の原材料で作られた本みりんを使っています。
甘さだけでなく、料理に自然な照りと深みを与えてくれるため、
砂糖を多く使わなくても満足感のある味わいになります。

【森の家・愛用調味料リスト】

調味料 商品名・特徴 選び方のポイント
圧搾一番しぼり菜種油 遺伝子組み換えでない・化学溶剤不使用
醤油 オーサワのあかね醤油 天然醸造・国内産原料100%
みりん 三河みりん等(本みりん) 糖類や醸造アルコール無添加

こうした調味料は、決して目立つ存在ではありません。
けれど、毎日の食事を静かに支え、

体に負担をかけすぎない味を少しずつ形づくってくれています。
森の家の食は、こうした見えにくい部分の積み重ねから生まれています。

「選ばないもの」を決めることで見えてくる、素材本来の旨み

森の家では、便利さよりも、
調味料そのものの力を大切にしたいと思っています。

だから私は、「出汁入り醤油」や「みりん風調味料」は
基本的に選びません。

みりんは“本みりん”を手に取ります。

また森の家では、マヨネーズやケチャップ、ソースといった調味料は、
お食事の提供には基本的に使っていません。

それは制限というより、
素材や発酵の味わいをそのまま感じてもらいたいという思いからです。

特別なことではなく、静かな食事を整えていく中で、
自然にそうなっていきました。それよりも私は、
ちゃんと時間をかけて熟成された調味料が好きです。

ゆっくり育った香りや旨みは、強く主張しなくても、
一皿の中で静かに働いてくれます。

結果として、塩分や甘さを足しすぎなくても満足できたり、
食後の体の重さが少なく感じられたり
そんな心地よい感覚につながっていきました。

カテゴリ 森の家で選ぶもの あまり選ばないもの
みりん 本みりん(伝統製法) みりん風調味料(水あめ等)
味のベース 天然醸造の醤油・味噌 出汁入り醤油・合わせ調味料
ソース類 自家製ドレッシング等 市販のマヨネーズ・ソース

 


抽出方法でこれだけ違う!油は「圧搾法」に目を向けて選ぶ

森の家で使う油は、原料だけでなく製法にも目を向けて選んでいます。
私が選んでいるのは、
圧搾法(あっさくほう)でしぼられた菜種油です。

ゆっくりと物理的に力をかけて抽出された油は、
香りや風味がやさしく、料理の中でも自然になじみます。

一方で、薬品(ヘキサン等)を使って効率よく抽出された油については、
体に入れるものとして、私はあまり選びたいとは思いませんでした。

もちろん、考え方は人それぞれです。
けれど森の家では、できるだけ自然に近い形で作られたものを、

静かに選び続けています。それは特別なこだわりというより、
日々の食事を無理なく整えていくための、小さな習慣のようなものです。

森の家の出汁は「引き算」の美学。 昆布と椎茸のやさしい旨み

森の家の出汁は、昆布と干し椎茸を基本にしています。
ときには、乾燥させた野菜の皮やヘタを合わせて、
ゆっくりと時間をかけて旨みを引き出します。

忙しい時や、味に奥行きが欲しい時は、
植物性の素材で作られた野菜だしや野菜ブイヨンにも
静かに助けてもらうこともあります。

大切にしているのは、完璧であることよりも、
無理なく続けられること。

森の家の食は、そんな小さな現実と折り合いをつけながら、今
日も整えられています。市販の顆粒だしを使う場合も、

裏面の「原材料名」を見て、
化学調味料ができるだけ少ないものを選んでみてはいかがでしょうか。

自家製味噌という、森の家の暮らしを支える「もう一つの土台」

森の家の台所を支えている調味料の中で、
いちばん静かで、いちばん大きな存在が自家製の味噌です。

市販の味噌を選ぶ前に、自分の手で仕込んだ味噌を使う暮らしが、
いつの間にか当たり前になっていました。

ゆっくり発酵し、季節を越えて育っていく味噌は、
時間そのものを食べているような感覚があります。

味の強さではなく、体にすっとなじむやわらかさ。
それが、森の家の食の土台になっています。

この味噌づくりは、日々の暮らしの中から生まれたものであると同時に、
フードセラピスト養成コースの時間の中でも、

大切に分かち合ってきました。けれど、味噌づくりそのものの話は、
それだけで一つの記事になるほど、静かで深い時間です。

そのことは、またあらためて別の記事でじっくりとお話ししたいと思っています。

奄美の風が運ぶ「きび糖」と、私が「塩コレクター」になった理由

森の家で使う砂糖は、一般的な上白糖ではなく、
奄美のサトウキビから作られた「きび糖」です。

やわらかな甘みは、料理の味を強く変えることなく、
静かに全体をまとめてくれます。

塩もまた、自然のままにつくられた塩を選んでいます。
同じ塩でも、産地や製法によって味わいや体へのなじみ方が少しずつ違い、

気がつけば、いくつもの塩を台所に並べるようになりました。
自分でも、少しだけ塩のコレクターのようだと思っています。

そして、この砂糖との出会いには、忘れられない時間があります。
2020年、コロナ禍の直前、冬のあいだ約2ヶ月間、
奄美大島に滞在し、黍(きび)刈りや精糖の作業に関わらせてもらいました。

畑の空気、しぼりたての甘い香り、
時間をかけて結晶になっていく黒糖。

あの時の体験は、今も森の家の台所の奥に、
静かに息づいています。この旅の思い出は、
またいつか、あらためて一つの記事として書いてみたいと思います。

森の家の台所にずっとあるもの| ムソーとオーサワジャパンを選び続ける理由

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私がずっと使っているのは、
ムソーオーサワジャパン の調味料です。

釧路市にある
『ナチュラルショップあまむ 』という自然食品店で出会いました。
そこの店長さんとは長いお付き合いで、
「これは安心できるよ」と教えてもらったことがきっかけです。

流行だから選んだわけではなく、
台所に置き続けて違和感がなかったもの。
それを今でも、ずっと使い続けています。

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調味料を変えてから、私が感じた体と心の変化

大きな決意をしたわけではありません。
ただ、毎日使う醤油や味噌を、少しだけ見直してみただけ。

けれど、その小さな変化は、思いのほか静かに、
私の中を整えていきました。

丁度、子どもたちが成長して、
親の手もそれほど必要としなくなっていた頃。

夫との関係は、静かに冷え込んでいて

喧嘩が多かったわけではないし
怒鳴り合いもなかったけど

ただ、
会話が減って、目を合わせることも減り、
同じ空間にいながら、遠い人になっていって。

子どもたちはそれぞれの世界を持ち始め、
私は「母」という役割から少しずつ外れ始めていたので

あの頃の私は、
誰にも理解されていないような感覚の中にいたのです。

家族の中にいるのに、
自分だけが外側に立っているような・・・

そのとき、気づいたのです。
以前ほど、イライラしなくなっている自分に。

気力がなくなった、というのとは少し違う。
諦めとも違う。

何かが、内側で静かになっていたのです。

期待を手放し始めていたのかもしれない・・・
「わかってほしい」という力が、少しだけ抜けていて

期待を外へ向けるのではなく、自分の内部へ向け始めていて

誰かが満たしてくれるのを待つのをやめて、
自分の足で立とうと、無意識に決めたのかもしれないのです。

静かだったけど、あれは弱さではなかったと・・・

地面の下で根が伸びていくような時間です。

表からは何も変わっていないように見えても、
内側では、確かに
「自立」という芽が出ていたように思うのです。

誰かの奥さんでもなく、
誰かのお母さんでもない自分。

役割を外したとき、
私は初めて「私」という存在を真正面から見ることになりました。

食を変えたから、そうなったのか。
そう聞かれれば、きっとそれだけではないけど

夫との関係、
子どもたちの成長、
孤独の時間。

いくつもの出来事が重なっていたのは事実です。
今も思い出すと、辛い日々でした。

でも――

自分の内面に深く入って、
何度も何度も自問する時間を持てたのは、

確かに、
食もきっかけの一つだったと思うのです。

何を口にするかを選ぶことは、
どう生きるかを選ぶことに、どこか似ている。

誰かに合わせるのではなく、
流行でもなく、習慣でもなく、

「私はどうしたい?」

そう問い続ける行為だったのです。

その問いは、
やがて食だけではなく、

生き方へ、
働き方へ、
人との距離へと広がっていったのです。

イライラが減ったのは、
感情を抑え込んだからではなく

自分の中心に、
少しずつ戻っていったからと、今は思います。

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