最後まで大切にしたい場所

北海道の田舎暮らし

静かに暮らしていく場所を、
やっと見つけました。

ここは、
私にとって
最後まで大切にしたいと思った森です。

もちろん、にぎやかさも便利さもないけど、
雪が降り、風が抜け、木々が揺れて、
ただ静かな時間が流れています。

これまでのことは語ったので
これからを、少しずつ整えていきたい。

雪が溶けたら、外で小さな火を熾して、
庭でも楽しめる準備を始めます。

そんな日々の始まりを、
静かに書き残していこうと思います。

この森で暮らしていくと決めた日

ここに来たとき、
はっきりとした決意があったわけではありません。

——そう思っていました。

けれど今振り返ると、
やはり理由はあったのだと思います。

釧路で暮らしていた頃、
借りていた家の大家さんが施設に入られ、
この家を買うか、退去するかを
家族の方に相談された時期がありました。

ちょうどその前後、
「2040年問題」という言葉を耳にしました。
海面上昇ですね。

普段なら、
予言のような話を信じることは、ほぼありません。
それでもなぜか、そのときは
心の奥に引っかかりました。

これから先、
今まで当たり前だと思っていた暮らしが
ずっと続くとは限らない。

もしそうだとしたら、
いや、そうなってもいいようにはどう生きるべきか?

自分の人生の中で、常にあった部分です。

そんな問いが、また再び静かに始まりました。

大げさなことではなく、
ただ——
何があっても暮らしていける力と、
折れない心を持っていたい。

その思いが、
少しずつ形になっていったのだと思います。

そして気がつくと、
私はこの森に立っていました。

何も進まなかった二度の夏

この森に戻って来てから、
庭の木を伐りました。

光が入り、
風が通り、
これから何かを始められそうな空間が
そこに生まれました。

けれど——
気がつけば、二度の夏が過ぎていました。

畑を作ることも、
花を植えることも、
何ひとつ進まないまま、
時間だけが静かに流れていきました。

本当は、分かっていたのだと思います。

東京を離れた理由も、
ここへ来た理由も、「いつか」ではなく

自分の手で暮らしを作るためだったことを。

何が起きても、
食べるものを育て、
火を起こし、
静かに生きていけるように。

そのための場所として、
この森を選んだはずでした。

それでも体は動かず、
ただ季節だけが過ぎていきました。

けれど今、
雪に覆われた庭を見ながら、
ようやく思います。

次の春こそ、
小さくてもいいから、
ここに手を入れよう——と。

雪が溶けたら始めたい、小さな暮らし

雪に覆われた庭は、
まだ何も始まっていない静けさの中にあります。

けれど、
何もないように見えるこの時間の中で、
次の春のことを、ゆっくりと考えています。

まずは、小さなレイズドベッドを作りたい。
土に深く手を入れるのではなく、
少し高い場所に、そっと畑をつくるような形で。

そこに花を植え、
ハーブを植え、
季節の香りを感じながら過ごせる場所にしたいと思っています。

庭の一角には、
煮炊きができる小さなスペースも作れたら——と。

ディキャンプのように、
だるまストーブに火を入れて、
集めた小枝で湯を沸かし、
簡単な食事をつくる。

特別なことではない、
けれど、ここで生きていくための
確かな手触りのある時間です。

大きく変わるわけではありません。
遠くへ行くわけでもありません。

ただ、この場所で、

できることを少しずつ増やしていく。

その積み重ねが、
これからの暮らしになっていくのだと思います。

雪が溶けたら、
止まっていた庭の時間も、
静かに動き出します。

ここは、
私にとって
最後まで大切にしたい場所

だからこれからも、
急がず、
でも確かに、
この森での時間を重ねていきます。

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