森の家では、ときどき食事をお出しする日があります。
でも、私がやりたかったのは、ただ「食べてもらうこと」だけではありませんでした。
どうしてこの食材を選ぶのか。
どうしてこういう味つけになるのか。
どうして、食べることが心や身体にまでつながっていくのか。
そんなことを、料理をしながら一緒に感じていける時間を持ちたくて、料理教室という形も始めました。
今日は、森の家で料理教室を開こうと思った理由を、今の自分の言葉で書いてみたいと思います。
食べるだけでは伝わらないことがある

始まりは、ランチを召し上がっているお客様からの質問でした。
「これ、なんですか?」
「どうやって作るの?」
それから、「教えて欲しい」になって行くのには
それほど時間を要したわけではありませんでした。
釧路時代は『調理実習の会』と称して開催していたのです。
そのままの通りで
集まった人たちで料理を作って、おしゃべりしながら
美味しく食べる
メニューはカフェで提供している料理の中から数点選んだり
味噌作りしたり、麹を使った調味料を作ったり
そういう小さな会だったのです。
食事を出すことはできても、その奥にある思いや、
日々の積み重ねまでは、なかなか伝えきれない。
だからこそ、一緒に作る時間があったらいいなと思うようになったのです。
上手に作ることより、感じることを大切にしたい

私のレシピは、作りながらどんどん変化していくので
決まった分量も無く、その日の感覚で味が決まっていくスタイルなので
必要な人はメモや動画を撮ってもらって
基本は全員が何かしらの野菜を切ったり、洗ったり、まとめたり
気軽に参加を楽しんでもらっているのです。
森の家の料理教室は、料理の技術を教えるというよりも
自分の感覚で味わうこと、素材を見ること、今の自分に合うものを選ぶこと。
そういうことも含めて、大事にしたいと思っています。
特別な料理ではなく、暮らしに戻っていく料理

基本は季節の野菜を使います。できるだけ近い場所で栽培されたもの。
そして正しい調味料を使います。
生で食べることもあるし
加熱の方法とタイミングで違った一皿になることもあります。
どれも『毎日』食べられて、お米によく合う料理です。
毎日続けられないものは、どこか遠いものになってしまいます。
森の家で伝えたいのは、華やかな料理というより、
日々の暮らしの中で無理なく生かせる食のあり方なのです。
家庭では、毎日毎日、誰かが食事の支度をしています。
今は誰もが仕事に出ていて、みんな忙しい日々の中で暮らしています。
そんな毎日の中でも、ほんの少しの手間で、
いつもの味に変化をつけたり、ほっとできる一皿にしたりすることはできます。
作る人も、食べる人も、
どちらも少し幸せになれる。
森の家で目指しているのは、そんな料理です。
食を通して、自分を整える時間をひらきたかった

料理をすること、食べることは、ただお腹を満たすだけではなく、
気持ちを落ち着かせたり、自分を取り戻したりする時間にもなります。
森の家の料理教室には、そんな時間としての意味も込めています。
毎日のことであれば、なおさらに
料理することを楽しみたいし、家族が美味しいねって言ってくれるものを
用意してあげたい。
忙しい毎日だからこそ、大事にしたい時間もあって
振り返れば、そんな日々こそが貴重だったなって思えるように
なってもらえたら嬉しいです。
森の家だからできる教室にしていきたい

便利な場所ではないし、大きな教室でもありません。
でも、森の静けさや、この場所の空気の中で料理をすること自体に意味があると思っています。
ここだからこそ感じられることを、これからも少しずつ形にしていきたいです。
食べることって、生きることに直結してます。
食べ方は生き方にもつながっていると、私は思っています。
自分の心も、家族の心も、満たされていくような
そんな『美味しい』をこれからも作っていきたいのです。
料理教室を始めた理由は、料理を教えたいから、という一言では言い切れません。
食を通して、自分をいたわること。
暮らしを見つめ直すこと。
そして、ひとりではなく誰かとその時間を囲むこと。
森の家でひらく料理教室が、
そんな小さなきっかけの場になっていったら嬉しいなと思っています。


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