🐾 振り返ると、私の人生にはいつも猫がいた|三毛猫はなが森の家に来た日

猫と私の森暮らし

 

今、森の家には二匹の猫がいます。
「はな」と、「うた」。

私は、この子たちを「セラピーCats」と呼んでいます。
森の家に来た人を、そっと迎える小さなスタッフ。

お食事をご希望のお客様のときは、猫たちは二階の部屋で待機。
少し不満そうではあるけれど、そこは森の家のルールなんです。

食事が終わって、
「猫はどこにいますか?」
と声をかけてくれるお客様がいたら——

そのとき、二匹を放つのです(笑)

セラピーCATs「はな」と「うた」

「可愛い〜」
「写真撮ってもいいですか?」

猫好きのお客様には、大好評。
もちろん、事前に猫アレルギーの確認もしてからです。

この章では、
私の人生の中で出会ってきた
たくさんの猫たちの話を書いてみたいと思います。

曽祖母の猫

猫がいる風景として、いちばん古い記憶は
曽祖母が飼っていた三毛猫です。

名前は覚えていません。

まだ私が二歳か三歳だったと思います。

その猫は、家と外を自由に行き来していました。
昔の田舎の猫は、どこの家でもそんなふうに暮らしていたものです。

朝になると外へ出て、
気が向いたら戻ってくる。

縁側で丸くなっていたり、
誰かのお布団で眠っていたり。

猫はいつも、
人の暮らしのすぐそばにいました。

曽祖母の猫は三毛猫でした。
私がまだ小さかったからでしょうか。
その猫は、ずいぶん大きく見えました。

きっと、もう年をとった猫だったのだと思います。

あまりに普通に猫がいたので
一緒に遊んだ記憶というものは、ありません。

ありませんが、遊んだんだろうと思います。

ある日、曽祖母が泣いていました。
三毛猫の命が終わってしまったのです。

子どもだった私は、
「猫がいなくなったから悲しいんだな」と思いながら
曽祖母を見上げていました。

そのとき、大人の誰かが言いました。

「ばあちゃんの猫だったんだよ」

それが、
私のいちばん古い猫の記憶です。

今になって思うのですが、
その三毛猫が亡くなったのは、
曽祖母が八十歳を過ぎてからの事でした。

その猫は、
曽祖母の長い人生のどれほどの時間を
一緒に過ごして来たのでしょうか

今の私のように、曽祖母も猫が支えとなって暮らしていた部分も
もちろんあったのだろうなって思うのです。

あのとき曽祖母が泣いていた理由を、
私は大人になってから、
少しだけ感じられるようになった気がしています。

そして、それから長い年月のあいだ、
私はたくさんの猫と出会うことになります。

それから出会った猫たち

曽祖母の猫が亡くなって、
やがて曽祖母も亡くなりました。

けれど私の人生には、そのあともずっと
いつも猫がいました。

「トラ」「チビ」「ミコ」「ミミ」「チコ」「プッチ」「ラッキー」
友だちの家の猫は「フチ」(笑)
別の友だちの家の猫は「シロ」(笑)

歴代の猫たちの名前も順番も覚えていたものですが
今はすっかり忘れてしまいました。

いろんな毛並みの猫たちが
ほとんど毎年のように、入れ替わり立ち替わり

家に猫の居ない季節はほとんど無かったほどです。

帰って来ないままの猫もいました。
道を歩いていて見つけた子猫を連れて帰り

「元いたところへ返して来なさい」って怒られて
夕方になって泣く泣く、返しに行ったこともあります。

ウチから里子に出た猫もいれば・・・

小学校4年ぐらいのときも、帰って来ないままの猫がいたけど
友だちの家で子猫が生まれたと聞いて

見に行ったら、もうどうしても欲しくなって
親に無理いって、そのうちの一匹を貰ってきたことがありました。
薄いグレーの子猫でした

忘れられない子猫

その子猫は、ウチに来て
2日後の朝に、家の前の側溝に落ちて死んでいたのを見つけたのです
どんなに泣いても生き返りません。

母が言いました
「だからまだ早いよって言ったでしょ、
お母さん猫を探して落ちちゃったんだよ」って

そう言われて、もう悲しくて悲しくて・・・

自分が無理に引き離さなければ、子猫は死ななかったんだと思うと
本当に悲しくて、しばらく泣いてました。

猫がいれば生きていけると思っていた

そしてまた別の頃
学校でうまくいかなくて、
帰宅後に遊ぶ友だちもいない時期がありました。

そんな時、いつも猫と遊んでいたのです。
そして、こんなことを思っていたのを覚えています。

「この世界で一番、猫が好き。猫がいれば生きていける」

「父さん、母さん、兄さん、学校の友だちは誰もいなくいい。
猫さえいたらいい」

って思ったのを
おぼえているんです。

子どもらしい極端な考えですが、
それくらい、猫が好きでした。

近所の友だちとも遊んだけれど、
振り返ると

猫との思い出のほうが、
ずっと深く残っている気がします。

気がつけば、いつも猫がいた

私の家には、いつも猫がいました。

白猫、黒猫、虎猫、ハチワレ。

「トラ」や「チビ」、
「ミコ」「ミミ」「プッチ」「ラッキー」

順番通りに名前を全部言えたのは20歳くらいまで
今はもう、うろ覚えです(笑)

そして長い時間が過ぎて、
私は大人になり、

やがて森の家で暮らすようになります。

白猫も、黒猫も、虎猫も、ハチワレも。
いろんな猫が、私のまわりにいたのですが

けれど不思議なことに、
曽祖母の猫のあと、
三毛猫だけはいなかったのです。

三毛猫「はな」との出会い

曽祖母の三毛猫のあと、
私の人生には、長いあいだ三毛猫がいませんでした。

白猫も、黒猫も、虎猫も、ハチワレも。
いろんな猫がいたのに、
なぜか三毛猫だけはいなかったのです。

そんな私のところに、
ある日、三毛猫がやってきました。

2023年9月9日のことです。

関東と北海道を行き来して暮らしている友だちから、
LINEが届きました。
動画付きでした。

「数日前から、庭の物置に猫が住み着いてるの。
まだ子猫なんだけど、人影を見ると鳴くんだよね」

「餌をあげたり、抱っこしたりすると情が移るから…
どうしよう。飼えない?」

動画を見て、私は思いました。

「あ、ミケちゃんだ」

けれどそのとき、
森の家は台所のリフォームを終え、オープン直前でした。
数日後には「うさと展」も控えていたので

「ごめん、今は無理。飼えない」

そう返事をしましたが

次の日、またLINEが来たのです。

「あまりに鳴くから、喉も乾いてるみたいで
メロン水をあげてしまったの」

「私は今夜の最終便で関東に戻らなきゃいけない。
ほんの数日生き延びるだけかもしれないけど
放っておけなくて」

そのとき私は、
北見市の美容室にいました。

「今夜、何時?」

そう聞くと、
「18時すぎには家を出る」と言います。

「じゃあ、今、北見にいるから、2時間後くらいに、見に行くわ」

そうLINEして、車を走らせました。

飼えないよ。
自分一人でもいっぱいいっぱいなんだから。

そう思う自分と、

三毛猫ってことは女の子だ。女の子ならいいかな。
でも手術しないと…。

そんなふうに、
もう飼う方向で考えている自分もいました。

そして、友人の家の近くに着くころには、
もう名前も決めていたのです。

「はな」って (笑)

友だちの家に着くと、
庭で、やっぱり猫の鳴き声が聞こえました。

私は猫語で呼びました。

「こっちおいで〜。
母ちゃんち行くか〜?」

すると、あっさり捕まりました。

「よし、一緒に生きよう」

そう言って、
箱に入れて車に乗せました。

帰り道、ホームセンターで
猫トイレと砂だけ買いました。

餌を買うお金は、
そのとき持っていなかったのです(笑)

家に着くと、
はなは箱から飛び出して、
自分から家の中に入っていきました。

そして、ずっと鳴いていました。

その声は、
私にはこう聞こえたのです。

「ここが私のお家だ。お家はご飯を食べるところだ。
お腹すいた〜お腹すいたよ〜〜」

私は急いで
お米を研いでご飯を炊き、味噌汁を作りました。

鰹節と、味噌汁。基本のねこまんま。

熱々だったので、
ふうふう冷ましながら食べさせました。

はなは、その日の夜から、
私と一緒に寝ています。

曽祖母の三毛猫から、長い年月が過ぎて、
私のところに、もう一度三毛猫がやってきたのです。

振り返ると、
やっぱり私の人生には、
いつも猫がいるのです。

2023年の9月9日、はなが来た日

日本の五節句の一つである「重陽(ちょうよう)の節句」で、
菊を用いて長寿や無病息災を願う「菊の節句」です。

また、「救(9)急(9)」の語呂合わせから消防庁が制定した
「救急の日」でもあります。
他にも「秋のロールケーキの日」や
食べものを大切にする日」ともされています

こういう事から、はなが来たことは
私にとって、縁起がいい事だと思って、嬉しかった。

まだ子猫の三毛猫が
物置から鳴きながら現れて森の家に来た。

しかもその直後には
森の家のオープン(10月1日)

だからはなは
招き猫だ」と思ったのです。

再び食の場所を始める人のところへ
“食の日”に三毛猫が来た

そういう事です、偶然にしては、出来過ぎでしょ?

それに日本では昔から
三毛猫はただの猫じゃなくて、
福を呼ぶ存在として見られてきました。

例えば 招き猫 のモデルは
ほとんどが 三毛猫なんです。

「ほら〜はな、だからいい猫なんだよ〜」って
はなに何度も言ってあげるんです。(笑)

「母ちゃんち来てくれてありがとう」
「はなのことだ〜いすきだよ〜」って・・・

だって、自分の年齢を考えたら
一緒に暮らす最後の猫になるかもしれない、はな

一番古い猫の記憶が曽祖母の三毛猫で
今、ここでまた三毛猫のはなと暮らすことになって

だからきっとはなは、森の家の守り猫

そう決めているんです

都市部に暮らす娘たちは
はなに・・・

母ちゃんに何かあったら連絡してよ
LINEとか電話の掛け方とか覚えて

な〜んて言ってみたり・・・

「ホントにできたらすごいわ、それで稼げるかも」と
私も返して、笑ってます。

実際私が転んだり、何かにぶつかって「痛〜い」ってことがあると
はなはそばに来ますよ、必ず。

電話したりLINE開いたりはしませんが・・・(笑)

朝も目が覚めて起きようとした時
お布団の上にいなかったら、「はな〜」って呼びます。

すると、必ずやって来るんです。可愛いですよ。

 

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