北海道の3月は、春の入り口のようでいて、実は冬の出口です。
屋根の氷が溶ける音に春を感じる一方で、気を緩めた頃に本気の吹雪がやってくる、油断のできない季節でもあります。
この記事では、森の中で暮らす私が感じる3月の情景と、長年の経験から身についた「春の吹雪への備え」をご紹介します。北海道への移住や田舎暮らしを考えている方に、
美しさと厳しさの両方を持つこの季節のリアルが伝わればうれしいです。
屋根の氷が溶ける音で、季節を知る
3月になった日の朝、目が覚めると、どこかでカン、カン、と音がしていました。
一瞬、雨かと思いましたが、窓の外は晴れている。
屋根の氷が溶けているのだと気がつきました。
それまで朝はきっちり凍っていた屋根の氷が、今日は違う。カン、カン。
溶けた雪のかたまりが落ちて、何かに当たる音。ザザ——、ドサッ。
北海道の森で暮らしていると、こういう小さな音で季節を感じるようになります。
クンシランと、あの日の「ありがとう」

数日前から、窓辺のクンシランがゆっくり開きはじめました。
鮮やかなオレンジ色を見るたびに、春がまた一歩近づいたと感じます。
このクンシランは、北見市で美容院を営む友人から譲り受けたもの。
もらってきたときは葉が少し痩せ、色も黄色味がかっていたので、栄養が足りていないのだとすぐ分かりました。
帰り道にホームセンターで一回り大きな鉢と新しい土を買い、その日のうちに植え替えたのです。冬のあいだ窓辺で静かに過ごしたクンシランが、今こうして花を咲かせています。
朝の光の中の花を写真に撮って送ると、「咲いたね、お世話上手だわ」とすぐ返事が来ました。
この友人は、経済的に厳しかったこの冬、私に食料を届けてくれた人でもあります。
一万円を手にスーパーへ入り、私がしばらく生き延びられるようにと、お米や乾麺、野菜、お茶まで選んで買ってきてくれました。
以前の私なら「お返しはどうしよう」と考えたり「こんなに受け取れない」と言ってしまっていたと思います。
でも今年は、「ありがとう。遠慮なくいただきます。助かった〜」と素直に受け取りました。
3月の窓辺で咲くこの花のオレンジは、春の色というより「大丈夫だよ」と言ってくれているように見えます。
人の優しさは、こんなふうに季節を越えて咲くのだと教わりました。
森の3月の「音風景」|うるさいほどの静けさ
3月の森は、うるさいほど静かです。
雪が音を吸い込み、風さえ止まる夜。耳の奥で「シーン」と鳴るあの感覚に、じっと耳をすませていると、静寂そのものが協奏曲のように感じられます。
空気は「キーン」と凍りつき、その冷たさまで音を持っているよう。
明け方の光に触れた空気が「シャラシャラ」とこぼれるように感じることもあります。
冬の森では、凍った木が「パキーン」と高い音を立てて割れることがあると言われます。
私はまだここでその音を聞いたことはありませんが、凍る夜にはどこかの森で木が鳴っているのでしょう。
そして近くの屈斜路湖では、湖面が凍る季節を過ぎて春が近づくと、氷が割れてぶつかり合い、遠く低い地鳴りのような音が響きます。
湖の氷が押し合って盛り上がる現象は「御神渡り(おみわたり)」とも呼ばれ、寒冷地ならではの自然の営みです。
誰もいない森と静寂の湖が、見えない気配を重ねながら、一斉に春の準備を始めます。
3月の吹雪という現実|美しいけれど、甘くない
上空で風が走るのを感じる夜があります。
吹雪も、そのひとつ。吹雪の雪は、上から下へは降りません。
横からも下からも叩きつける。
「降る」というより「叩く」のほうが近いのです。
3月に入ると、その風が少しだけ和らぐ気配を見せます。けれど、ここからが要注意です。
3月は、気持ちが少し緩んだ頃に本気の吹雪がやってきます。
この土地に住んでいて、3月の吹雪で命を落としたという報道を、私は何度も耳にしてきました。峠道、ホワイトアウト、ブラックアイスバーン(路面の薄い透明な氷)。
ほんの少しの油断が生死を分けます。だから3月は、引き返す勇気、出かけるのをやめる勇気が、何より身を守ります。
「今日はやめる」と決める判断が命を守る土地なのです。
森は美しいけれど、甘くはありません。移住してきたばかりの頃は周りがあたたかく迎えてくれますが、森はチヤホヤしてくれる土地ではないのです。
数年で帰っていく人も、私は何度も見てきました。
長く暮らす人たちには、天気を読み、無理をせず、引く勇気を持つ、という静かな覚悟があります。
森は美しく、そして平等です。
3月の吹雪に備える、移住者のチェックリスト
ここで、3月の森で私が必ず用意しているものを、理由とあわせてご紹介します。これから北海道で暮らす方の、実際の備えの参考になればと思います。
・カセットコンロとガス:停電で暖房や調理が止まったときの命綱です。
・水(大きな鍋にためておく):吹雪が来そうな日は事前に確保。
玄関が雪で塞がれて外に出られないことも珍しくないからです。
・灯油の残量確認:切らすと暖が取れません。早めの補充が鉄則です。
・長靴と手袋:除雪や雪下ろしの必需品。
・保存食(乾物・冷凍野菜・冷凍の肉や魚・米・乾麺・缶詰):道路のゲートが閉じれば買い物に出られません。
・「出かけない」という早めの決断:道具以上に大切な備えです。
吹雪で家に閉じ込められた日にどう過ごすか。
ここで暮らしていると、自然に「今ある保存食で何日生き延びられるか」を考えるようになります。
少し極端に聞こえるかもしれませんが、頭の中でシミュレーションしておくことは、いざというときに必ず役立ちます。
雪を溶かせば水になる、と思っていた時期もありましたが、玄関が塞がれてしまえばそれも難しい。だから吹雪の前には鍋に水をため、行けるうちに買い物を済ませておく。
これが「冬仕様の脳」です。
吹雪を想定して備蓄したもので特に役立ったのは、すぐに食べられる乾物や常備菜、そして灯油や薪の残量を早めに確認しておくことでした。
冬を越えるには、早め早めの準備が必要になります。
3月になっても「もう春だから大丈夫」と思わず、冬の備えを少し残しておくことが大切だと感じています。
この森では、春が二回来る
不思議なことに、この森では春が二回来るように感じます。
一回目は、今の季節。雪や氷がゆっくり溶けはじめ、屋根から雪が落ち、凍っていた川がほどけていく頃です。
ただ、地面が顔を出しても森はまだ晩秋のような色。
玄関前に黒い土肌が見えたかと思えば、翌日にはまた雪が降って白く隠れます。
雪解けの季節は、きれいな白の世界から一転して土の色が現れ、その土が玄関に入り込んで床はうっすら汚れ、冬は雪で洗われていた車も泥だらけに。
春は、きれいな季節というより「少しだけ汚れる季節」なのかもしれません。
暮らし方も少しずつ変わります。極寒期は灯油ストーブを一日中微小で焚き続けます。
一度家を冷やしてしまうと、温め直すのに大きなエネルギーが要るからです。
けれど3月に入ると、夜はストーブを焚き、朝はタイマーで暖め、晴れた昼は止めて足元だけ電気ストーブにする、というふうに春の暮らしへ移っていきます。
この冬は昨秋に薪を買えず、残りもわずか。それでも全部は使わず少し残してあります。
春の雪は水分を含んで重く、屋根に積もったままだと家を傷めるので、どうしても雪を落としたいときのために、最後の薪を取ってあるのです。
そうやって、春を待って生きています。
そしてある日、フキノトウが起き上がり、福寿草が咲き、チオノドクサが青を差し込みます。
水仙やチューリップが顔を出し、山桜がほころび、サツキが続く。驚くほど短い時間で森は一斉に芽吹き、どこからかカッコウの声が聞こえてくる。そのときが、ようやく本当の春の到来。
この土地の「二回目の春」が始まるのです。
3月の森は、まだ静かです。でも、ちゃんと目覚め始めています。
美しさと厳しさの両方を抱えたこの季節を、私は今年も、備えながら静かに楽しんでいます。


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