3月になった日の朝。
目が覚めると、どこかで
カン、カン、と音がしていました。
一瞬、雨かと思ったのです。
でも窓の外は晴れている。
……ああ、屋根の氷が溶けているんだと気がつきました。
それまでは、朝はまだきっちり凍っていた屋根の氷。
雪は白いまま、固いまま、動かなかった。
でも、今日は違う。
カン、カン。
カン、カン。
溶けた雪のかたまりが落ちて、何かに当たる音もします。
ザザ——。
ドサッ。
北海道の森で暮らしていると、
こういう小さな音で季節を感じるようになります。
数日前から、窓辺のクンシランがゆっくりと開きはじめました。
鮮やかなオレンジ色。
その色を見るたびに、
春がまた一歩、近づいているのだと感じます。
クンシランと、あの日のありがとう

窓辺ではクンシランが咲き始め、外の森にはまだ雪が残っています。
このクンシランは、北見市で美容院を営む友人から譲り受けたものです。
もらってきたとき、葉は少し痩せていて
色もどこか黄色味がかっていました。
「ああ、栄養が足りていないんだな」と、すぐに分かったので
帰り道にホームセンターへ寄って、一回り大きな鉢と新しい土を買い、
その日のうちに植え替えたのです。
それから冬のあいだ、窓辺で静かに過ごしてきたクンシランが、
今こうして花を咲かせ始めています。
朝の光の中で咲いたその花を見て、
思わず写真を撮り、彼女へ送りました。
「咲いたね〜、お世話上手だわ〜」
そんな返事がすぐに返ってきたのです。
そのクンシランをくれた友人は、この冬、
経済的にとても厳しかった私に、食料を届けてくれた人でもあります。
彼女曰く、一万円を手にスーパーへ入り、
私がしばらく生き延びられるようにと、
必要なものを選んで買ってきてくれました。
お米や乾麺、野菜やお肉にお茶までも・・・
今までの私なら、
「お返しどうしよう」
「こんなに受け取れないよ」
そんな言葉を並べていたと思います。
でも今年は違いました。
「ありがとう。遠慮なくいただきます。助かった〜〜!!」
1月8日のことです。
年末年始も、誕生日も、クリスマスも正月もなく働いて、
ボーナスも無いのに、減給の通告に最悪の状態だったのです。
でも、彼女は静かに支えてくれました。
そういう人からもらった、クンシランなんです。
3月の窓辺で、今、その花が咲いています。
鮮やかなオレンジ色は、
春の色というよりも、
「大丈夫だよ」
と、言っているように見えてきます。
本当にありがとう。
おかげで生き延びちゃったよ私は(笑)
森の3月は、まだ静かです。
でも、ちゃんと目覚め始めています。
うるさいほどの「シーン」
3月の森は、うるさいほど静かです。
雪が音を吸い込み、
風さえ止まる夜。
耳の奥で「シーン」と鳴るあの感覚。
じっと聞いていると、「シーン」音の協奏曲のように
激しく時に静かに、演奏されています
森では冬の星座の「キラキラ」さえ、
本当に聞こえるように感じるほど美しいのです。
そして空気は「キーン」と凍りつき、
その冷たさまで音を持っているように感じます。
明け方の太陽に触れた空気も
「シャラシャラ」とこぼれるような音がします。
冬の森では、ときどき
凍った木がパキーンと、高い音を立てて割れることがあります。
私はまだここでその音を聞いたことはないのですが、
凍る夜には、どこかの森で、
木が鳴っているのだと思います。
そして、屈斜路湖。
湖面が凍る季節を過ぎて、春が近づくと
氷が割れてぶつかり合い、
遠く低く、まるで地鳴りのような音が響きます。
誰もいない森、静寂の湖
見えない光、聴こえない響きが重なり合って
一斉に春を迎える準備が始まります。
走る風、試す三月
上空で、風が走っているのが感じられる夜があります。
吹雪も、そのひとつ。
風が走り、転がり、
地面に叩きつけ、また舞い上がる。
吹雪の雪は、上から下へは降りません。
横からも、下からも、叩きつける。
降る、というより
叩く、のほうが近いのです。
森の風は、ときに荒々しく、
容赦なく世界を白く塗り替えていきます。
けれど、3月に入ると、
その風がほんの少しだけ変わります。
どこか、人間に近づくような気配
――これで冬が終わったと思うなよ。
――油断するなよ。
そう言われている気がするのです。
(私だけかもしれませんが。)
3月の吹雪という現実
3月は、春の入り口のようでいて、
実は冬の出口です。
気持ちが少し緩んだころに、
本気の吹雪がやってきます。
ここに住んでいて、
3月の吹雪で命を落としたという報道を
何度も耳にしてきました。
遠い話ではありません。
峠道。
ホワイトアウト。
ブラックアイスバーン。
ほんの少しの油断が、生死を分けます。
だから3月は、
引き返す勇気。
キャンセルする勇気。
「今日はやめる」と決める勇気。
その判断が命を守る土地なんです。
森は美しい。
でも、甘くはありません。
そういう私も最初は甘かったかもしれません
でも季節を何度も過ごして、学びました。
3月の静けさの奥には、
そんな厳しさも、ちゃんと潜んでいるのです。
移住してきたばかりの頃は、
周りの人があたたかく迎えてくれます。
それは、とてもありがたいことです。
けれど、森は
チヤホヤしてくれる土地ではありません。
数年暮らして、
やっぱり帰っていく人を、私は何度も見てきました。
ロマンだけでは、続かない。
この土地で長く暮らしている人たちには、
静かな覚悟があります。
天気を読むこと。
無理をしないこと。
引く勇気を持つこと。
森は、美しいけれど、平等です。
3月の森で、私が必ず用意しているもの
・カセットコンロ
・水
・灯油の残量確認
・長靴と手袋
・保存食(乾物、冷凍野菜、冷凍お肉お魚)
お米、乾麺、缶詰などなど・・・
・「出ない」という早めの決断
ふと考えることがあります。
「今ある保存食で、何日生き延びられるだろう?」と(笑)
少し極端に聞こえるかもしれません。
でも、頭の中でシミュレーションしておくことは、
いざという時にきっと役に立ちます。
防災グッズの準備も、もちろん大切ですが
吹雪で家に閉じ込められた日にどうするか
ここで暮らしていると、自然に考えるようになるのです。
以前は「最悪お水は、雪を溶かしせばいいかな・・・」
な〜んて思った事もありました。
けれど玄関扉が雪で塞がれてしまうことも
この土地では珍しくありません。
吹雪が来そうな日には
大きなお鍋にお水をためて、おきます。
行けるうちにと、早めに買い物しておくのも
冬仕様の脳なんです。
この森では、春が二回来る
不思議なことに、この森では
春が二回来るように感じます。
一回目は、今の季節。
雪や氷がゆっくり溶けはじめる頃です。
屋根から雪や氷が落ちる音。
凍っていた川がほどけていく気配。
地面が顔を出しても、森の景色はまだ
どこか晩秋のような色をしています。
玄関前には、黒い土肌が見えてきました。
けれど今日はまた雪が降って、白く隠れています。
雪が溶けはじめるこの季節は、
きれいな白の世界から一転して
土の色があちこちに現れます。
その土がそのまま玄関に入り込み、
気がつくと床はうっすら汚れています。
車も同じ。
冬のあいだは雪で洗われていたのに、
春になると泥だらけ。
春は、きれいな季節というより
少しだけ汚れる季節なのかもしれません。
今はまだ、一回目の春
この記事を書いている今の季節は、
まだ一回目の春に入ったばかりです。
玄関の前だけ、雪が溶けて
地面が見えています。
けれど、少し目を上げれば
森はまだ真っ白。
春は来ているのに、
冬もまだそこにいる。
そんな季節です。
この時期の雪は、冬とは少し違います。
粒が細かく、雨のように降る春の雪。
車のフロントガラスを見ると、
まるでパウダーシュガーを
振りかけたように白くなっていました。
北海道の冬は、極寒の時期になると
灯油ストーブを微小で焚いたまま
過ごす家が多くなります。
一度家を冷やしてしまうと、
温め直すのに大きなエネルギーが
必要になるからです。
私も先日までそうしていました。
けれど三月に入ると、
少しずつ暮らし方が変わってきます。
夜はストーブを焚き、
朝はタイマーで暖める。
晴れた日には昼間のストーブを止めて、
足元だけ小さな電気ストーブを使う。
そんなふうに、
春の暮らしへと移っていくのです。
この冬は、昨年秋に薪を
買うことができませんでした。
残っている薪も、あとわずか。
けれど全部は使わず、
少しだけ残してあります。
春の雪は水分を含んで重く、
屋根に積もったままにしておくと
家を傷めてしまうからです。
どうしても雪を落としたい時のために、
最後の薪を取ってあるのです。
そうやって、
春を待って生きています。
そして、二回目の春
やがて、ある日。
フキノトウが起き上がり、
福寿草が咲き、
チオノドクサが青を差し込みます。
水仙やチューリップが顔を出し、
山桜がほころび、
サツキが続く。
驚くほど短い時間の中で、
森は一斉に芽吹きます。
そして、どこからか
カッコウの鳴き声が聞こえてくる。
そのとき、
ようやく本当の春が始まるのです。
それが、この土地の
二回目の春です。


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